正直なことを言いますと、オリジナルグローブ制作プロジェクトが進む過程の中で、私の心は少し懐疑的になっていたのです。なぜなら、既製品に匹敵する程の「滑る」生地がなかなか見つからなかったからです。
直接ご利用者に触れる道具ですし、機能よりデザインが優先されることなどあってはならない。こう考えていました。また、私自身の頭の中に、世の中の多くの道具は機能が優れたものこそ必然的に美しくなるもの「機能=美」という思考スキーマ(構造)があったからです。
デザイン優先は「ナシ」だろう…。
圧抜きグローブとしての機能を果たせるほどの生地探しは難航しました。いとやの松崎氏は何度も会議に足を運んでくださり、生地の種類や縫製、プリントの方法など、わかりやすいプレゼンをして下さいました。サンプルを囲む中で発せられる私たちの意見を丁寧に聞き入れつつ、より理想の物に近づけようと奔走してくださいました。
私たちもサンプルを現場に持ち帰り、スタッフの意見を吸い上げましたが「滑らない…」「これは使えない…」などと、反応は芳しくありませんでした。
それは私の表現で、「使える」か「使えないか」でいえば、「使える」生地でした。
会議メンバーからは
「前のより全然滑るね、いいんじゃない」「これなら使える」
こんな声が上がり、満場一致の雰囲気が一気に漂いました。そんな中、私は勇気を出して小声でこう言いました。
「使えますけど、やはり滑りは劣りますね…」
情けないことに滑りにこだわろうと意気込んでいた私がやっと言えたのはこの一言でした。
~確かに既製品より滑りは若干劣る、しかし十分使えるのであればこれでいこう~
このとき、オリジナルグローブに採用される生地が決定しました。
プロジェクトの過程では、機能やデザインはもちろんですが、コストや運用方法、初期導入の計画等、複雑で様々な要素を織り交ぜながら構築していかなければならないものであるため、自分の考えにおいて何かしら妥協する必要もあります。そして一つ一つの課題に対し、どこかで妥結していかなければその先には進めません。
そもそも機能を追求していくことがこのプロジェクトの主目的ではありませんでした。
「十分現場で使えるものだし、先に進むためにはこれでいくべきか」
そう自分に言い聞かせました。
しかし、やはり私の気持ちはどこか釈然としないままでした。
そのような折、以前私が担当していた訪問リハビリご利用者のご家族から、施設入所に切り替えの為、訪問リハビリ終了とお礼の連絡を受けました。
プロジェクトの最中、思い出したのはその訪問先でのエピソードです。
当時、私は訪問リハビリで意思疎通困難な重度寝たきりのご利用者の担当をしていました。ご利用者の在宅介護を熱心にされていたご家族(義娘)に、シートやグローブを使った移乗や体位交換の方法を指導していたことがありました。
私がグローブを使った姿勢調整をおこない、それを見ていたご家族が「いいねそれ、ちょっとみせて」と私のグローブを手に取り、裏返したり手に装着したりして「これ、私作ってみようかね?」と言われたので、私は「2千円くらいで売っていますよ、これ、すごく滑りますから、次回カタログ持ってきますね」と訪問先を後にしました。
次の訪問日に伺うと、両手に何やら装着してニコニコ笑っているご家族が私を迎えてくれました。それはグローブの形に縫製されたベージュ色の下地に幾何学模様の柄のついた物でした。
「ええじゃろ~作ったんよ、もう使えなくなった買い物袋があったけえね。捨てんで良かったわ、先生が使っとったあれに生地が似とったけえ、使えるかね?使ってみて先生」
私は少し小ぶりなそのお手製のグローブで、寝ているご利用者の背中をゆっくりと撫でました。当然既製品のものに比べると格段に滑りは劣りましたが、摩擦は少なく圧抜きくらいならなんとか使えると感じました。
「使えますね、すごいです」「ほんと?うれしい」二人で笑いました。
その時はそのグローブの機能がどうこうなど考えませんでした。それよりも四六時中気の抜けない大変な在宅介護をしているそのご家族が、介護に楽しさや嬉しさを見出したそのスタンスに感動していました。それから無理に既製品を勧める気にはなれませんでした。もちろん介助に支障をきたすようなものであれば、ストップをかける必要がありましたが。
そんなことがあったなと思い出しながら、このオリジナルグローブ制作について再び自分なりに考えたのでした。
義母の為に作った自分が使う自分が選んだ柄のグローブ。あのお手製グローブが、ご利用者とご家族との場面に彩を添え、前向きな日々の介護に意味を持つアイテムであるとすれば…、アリなのか…。
いや、実際私はその時、滑りの劣るそのお手製グローブを「アリ」にしていたのです。
もう少しあの場面での出来事が私たちにどう影響したのかを考えてみます。
あのお手製グローブは私とご家族との間に暖かなコミュニケーションをもたらしてくれました。また、私はご家族の義母に対する愛情と介護への前向きな気持ちを改めて思い知ることが出来ました。そのことが、私がおこなうご利用者への支援の在り方に少なからず影響したことは間違いありません。お手製グローブは私とご利用者とご家族のそれぞれにとっての価値がある、素晴らしいツールとなっていたのです。
こうしてあの時のお手製グローブとオリジナルグローブを重ね合わせて考えることで、私の心境は変化し始めました。このオリジナルグローブが、人と人との間でささやかな繫がりをもたらしたり、使う者の気持ちを高めたりするようなアイテムにもなって欲しいと考えるようになってきたのです。
これこそ、オリジナルグローブが持つ付加価値のひとつではないかと。それは既製品ではない、このオリジナルグローブだからこその価値だと。
「機能美」というワードに支配されていた私の思考も少し変化してきました。
身体介護だけではなく、介護場面を明るくするような、例えば、職員同士やご利用者とのコミュニケーションツールとして、職場の明るさやご利用者の生活の豊かさにコミットできるようなオリジナルグローブであってほしいと願います。
もちろん、「お洒落」「かわいい」「ノーリフティングケアとリンクした職業としてのイメージアップ」等、このオリジナルグローブ制作の目的のコアはこのようなところにあることに変わりはありません。
しかし、このオリジナルグローブを手に取られる方の中には私に似たような葛藤をされる方も少なからずおられるのではないでしょうか。
私はラッキーなことに自分の経験と重ねて考えることが出来ました。きっと様々な捉え方や解釈がある中で、こんな考え方もあると一つ参考にして頂ければ幸いです。
もちろん機能面においてもさらに向上できるよう、常にアンテナを張って情報収集していきます。
三篠会オリジナルグローブ1st.を手にした皆様、現場や研修でガンガン使ってみてください。そしてそのグローブを手にすることで皆様それぞれに起こる「何かいいこと」を感じてもらえたら嬉しいです。
主任作業療法士
武内淳